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TOP > インタビュー トップインタビュー >  > Vol.48 株式会社かいのホールディングス 代表取締役社長 會野 登志美さん

トータルビューティ

2014.11.13

今年創業30周年を迎えたKAINOグループ。
関西を中心に27店舗、海外にも3店舗の姉妹店を持つ「かいのホールディングス」にて、一代で400人のスタッフを抱える組織を作り上げた、創業オーナーの會野登志美さんに、経営の理念を伺いました。

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PROFILE

會野 登志美(かいの としみ)

1957年生まれ。1984年にKAINO深井本店を4人でスタートし、30年。
現在はヘアメイク、ネイル、アイラッシュ、エステ、フォトスタジオ、レンタル衣装、ブライダルなどお客にトータルで美を提案できるグループに成長。全国27店舗。400人のスタッフを抱える。4人のお子さんを育てた母でもある。 KAINO webサイト → http://kaino.co.jp/

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|第3章|働きやすい環境を整える

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野嶋 他にもサロンで取り組まれていることはありますか?

會野 先ほど子連れのスタッフが来てましたでしょ。女性スタイリストには、子どもを生んでも帰ってこられるシステムを作りました。日曜、祝日、月曜、全て休みのワーキングマザー制度と呼んでいます。公務員の人と結婚したから夕方早くあがりたいという子にはワーキングウーマン制度。
やっぱりせっかく美容師として技術を身につけたのに、結婚したり出産したからって一般的なパートやアルバイトをしなくてもいいと思うんです。もちろん、逆もあるんですよ。ワーキングファザー制度。離婚してお父さんだけになっても、ちゃんと保育園に迎えに行けるし日曜は休めるんです。

野嶋 なるほど。そういう制度も離職率の低さに直結しているんでしょうね。

會野 私自身が4人生みましたからね。全部年子で一番下は双子でしたから。保育園1カ所で預かってくれればいいのにわかれちゃって、朝から3カ所まわってからサロンに出ていたんです。

野嶋 それは大変でしたね。

會野 もう、犬に紐をつけるみたいに、ゴムつけてね(笑)。もうそうなったら、見た目の格好なんて関係ないですよね。ボロボロです。でも、サロンに出たらびしっとメイクしてね。その瞬間からは美容師になれるんです。だから毎日が活き活きしていたんですよね。思い切り働いて、また夕方5時になったら迎えにいって、家に戻ったらスズメの子のようにご飯をばさーっと与えて、お風呂に入れて、7時には寝かしていましたね。毎晩7時には寝なさいと言ってました。子どもらが寝てから、また下におりてレッスンして、みんなを教えてね。

野嶋 そのときはもう独立されていたんですか?

會野 独立してましたね。27歳で独立して、32で出産をしたので。

野嶋 そうやって道を切り開いていらっしゃった方がトップだからこそ、スタッフさんも安心してついていけるんでしょうね。

會野 自分が苦労せんと、そういうことはわからないですもんね。スタッフもやっぱり働きやすいって言ってくれます。自分が大変だったぶん、スタッフにはシステムを作ってあげたいと思います。

野嶋 そのように働く環境を整備したいと思われたのには、ご自身の子育ての経験のほかに、何かきっかけがあったんでしょうか。

會野 うーん。そうですね。私、23歳まで実業団でバスケットやってたんですよ。すごく強くて有名やったんです。

野嶋 へええ! そうだったんですか。

會野 でも、ある日、ずっとこんな事しとったらあかんわと思ったんです。オシャレとはほど遠いし、引退後の夢も見つからなかった。それでバスケ辞めて、会社辞めて、次の日が願書の締切だったから美容学校に行きました。完全に思いつきですね。

で、美容学校卒業して就職したら、当時働いていた美容院のお給料は、実業団時代と比べたら寸志というレベルでした。お金もない、休みもない、教育もない、師弟関係だけは厳しい。そういうなかで歯を食いしばって頑張ったんです。だから、最初から、美容業界なんか変だと思っていたなかで27歳で独立したというのがありますね。

野嶋 なるほど。その時の体験があったから、きちんとした業界にしていかなきゃいけないと思ってやってらしたんですね。

會野 そうですね。だからこそ、システムを作れるようになったと思いますね。苦しんでなかったら、こんなん多分発想しなかったと思う。

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