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ヘアサロン領域

2014.02.26

~この道は誰も歩いたことがない道 だから自分で道をつくるんだ、と~
日本にまだカラーリストという職業がなかった時代、デビュー2年目でハサミを置き、カラーリストとして身をたてる決心をした高原さん。
今でこそ、日本にヘアカラー文化をもたらした第一人者として知られる彼女も、厳しい下積みの日々を過ごしていました。

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第1章

インタビュー

PROFILE

高原 紀子

1970年生まれ。kakimoto armsに入社後、スタイリスト2年目で渡英。世界的カラーリストのダニエル・ギャルビン氏にヘアカラーを学び帰国。
日本を代表するカラーリストとして講習に撮影に全国を飛び回る日々。39歳で出産し、復帰後もさらに活躍の場を広めている。

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高原 紀子’s ターニングポイント

1994 24才。スタイリスト2年目に、カラーリストにならないかと何度も打診され、何度も断る。
【★★★】
1995 25才。ダニエル・ギャルビン氏に出会う。
「ダンディなロマンスグレーでとてもカッコ良かった」というのが第一印象。
彼のサロンワークを見て、カラーリストへの転身を決意。
【★★★★★】
1997 27才。セミナーデビュー。日本国内はもとより中国、韓国、台湾でも次々とセミナーを行う。
【★★★★★】
27才。ヘアカラーの薬剤開発に携わる。充実した毎日。
【★★★★★】
1999 29才。kakimoto armsヘアカラーアカデミー開講。自身が中心となり、ヘアカラーの真髄を伝えていく。
【★★★★★】
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今は王族や有名アーティストも顧客に抱えるダニエル氏。Sirの称号(イギリスの社会に大いに貢献した人に贈られる)を持っている。「人間はアイデアと実行力さえあれば、どこまでも上昇していけるんだよ」と、教えてくれた言葉は、心に深く残っている。

2006 36才。結婚。名古屋で勤務だったご主人との別居婚からスタート。
妊娠をしてからは、名古屋から定期代26万円をかけて六本木のサロンに通い、出産ギリギリまで働いた。
【★★★★★】

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最初は3人しか受講者が集まらなかった講習。それでも「機会をもらえるだけで嬉しかった」という高原さん。カラーが普及するに従い、日本のみならず海外からのオファーも殺到。写真下はグレイ世代に向けたJACHでのセミナーより。

2009 39才。女の子を出産。家族と過ごす時間を大事にしたいと、名古屋で1年半の産休をとる。
【★★★★★】

2011 41歳。ご主人とともに上京し、現場に復帰。
平日は19時まで、土日は片方だけ出勤するペースで家庭との両立をしている。
【★★★★★】

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産休後の自社セミナー。どんなに忙しいときでも、「食事は全ての源」と必ず朝ご飯を作ってくれていた美容師の母を見習い、衣食住を大切にする生活を心がけている高原さん。ご主人のサポートも厚く、忙しいながらも公私ともに充実した毎日。

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