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2014.06.06

大崎 麻子氏(ジェンダー・開発政策専門家)

大崎 麻子(おおさき あさこ)

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大学院入学を前に想定外の妊娠。キャリアをあきらめかけたものの、母親であることの強みを生かし、国連開発計画(UNDP)で数多くのプロジェクトを担当。
現在もフリーのジェンダー・開発政策専門家として活躍する大崎麻子さんに、育児をしながらかつ、自分らしさを失わずにキャリアを重ねるには、まず、どんな考え方が必要なのか。「美容師である前に一人の女性として」という観点から、これからの時代を生き抜くヒントをお話いただきました。
第2部に行われた、『男子禁制・女性美容師座談会』の詳細レポートはこちら!!

日時 2014年3月24、25日 【開始】13:00【終了】17:00
場所 【大阪】梅田阪急オフィスタワー30F 【東京】グラントウキョウサウスタワー33F(八重洲)
動員数 2会場 計300名
プログラム 女の子の幸福論「幸せになるには何が必要?キャリアを考える、その前に」

PROFILE

大崎 麻子(おおさき あさこ)

上智大学を卒業後、米国コロンビア大学で国際関係修士号(国際人権法・人道問題)を取得。在学中に長男を出産。
国連開発計画(UNDP)NY本部開発政策局にて、ジェンダーと女性のエンパワーメントを担当し、世界各地で多くのプロジェクトに携わる。在職中に長女を出産。産休明けには娘を連れて数カ国に出張。
退職、帰国後はフリーのジェンダー・開発政策専門家として、政府関係機関、国際機関、NGO、研究機関などで幅広く活動。近年は東日本大震災の復興支援にも携わっている。
関西学院大学総合政策学部客員教授、聖心女子大学非常勤講師。「サンデーモーニング」(TBS系)など、報道番組のコメンテーターも務める。著書に『女の子の幸福論~もっと輝く、明日からの生き方』(講談社)。 公式サイト http://www.asako-osaki.net

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|第3章|「人権」から、人生の選択肢を広げる「開発」へ

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 卒業の前にはインターンがあり、紛争地で活動をする人がほとんどなのですが、乳飲み子を抱えていた私は指導教授の紹介で、ニューヨークにある国連本部の人権センターでインターンをすることになりました。最初の仕事は、世界中から送られてくる人権侵害に関する郵便物の振り分けでした。拉致、監禁、拷問といった、日本ではほとんど見聞きしたことのないものばかりで、世界で起こっている現実を前に、胸の痛む思いでした。

 その後は、 国連児童基金(ユニセフ)のインターンにも声をかけていただきました。ユニセフでは、武力紛争が子どもに与える影響についての調査資料の整理が仕事でした。少年兵の問題、目の前で親を殺戮された子どものトラウマ、性暴力や性搾取など、ここでも日本で考える人権問題のレベルを遥かに超えた事例がたくさん出てきました。当時は息子が2歳だったので、そうした子どもたちと息子が重なってしまって、毎日泣きながら仕事をしていました。そして、これを仕事にしていくには精神的にタフじゃないと無理だ、仕事にしたら自分の子どもに対して明るいお母さんでいられないと思うようになりました。

 そこで、国連本部に勤務していた大学の先輩に、人権問題を続けるのは無理だと相談してみると、「それなら開発をやれば?」と勧められたんですね。紛争や人権侵害は、貧困に関連する問題が要因となって起こることが多い。一方、開発というのは、経済基盤を作って、みんなが食べていけるようにすることで、いわば紛争や人権侵害が起こらないようにする仕事だと。そうした発想は自分にはなかったので、なるほどと思いまして。大学院卒業後は、国連開発計画(UNDP)で、初めはアルバイトとして働きました。

  UNDPでは、ジェンダーと女性のエンパワーメントを担当する部署にいきました。そこで、途上国の開発に関するさまざまなプロジェクトを実施したのですが、「途上国の開発」と聞いてもイメージがわかないかもしれませんね。初めは私自身も、大規模なダムや道路を造るようなイメージを持っていました。実際には、UNDPでは「一人ひとりの人間の人生の選択肢を広げること、そうした環境を整えること」が、開発の目的だと明確に示しています。

 では、「選択肢を広げる」とはどういうことか。それを実感したのは、初めてのカンボジア出張のときでした。97年当時のカンボジアは紛争が終わったばかりで、かろうじて幹線道路の地雷撤去は終わっていましたが、まだまだ人々の生活圏に地雷が埋まっている状態でした。首都・プノンペンのスラム街に暮らす人たちは、不衛生なうえにガスが充満する川の上に、通路を作って、小屋を建てて住んでいる。当時のカンボジアではポルポト派により国中の医師が虐殺されていたので、その川へ子どもが落ちて病気になると死んでしまうんですね。それで、現地の母親たちは、子どものためにお守りを作って、首飾りにしているんです。小さな子どもたちがみんなそのお守りの首飾りをしているのを見て、選択肢がないというのはこういうことかと痛感しました。それからまた思いを新たにして、世界中で女性支援に取り組んでいきました。

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